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Department of Mechano-Informatics, Graduate School of Information Science and Technology, the University of Tokyo
2015年10月1日

動くマイクロらせんで光を制御

~MEMS技術を用いてテラヘルツ円偏光スイッチング素子を実現~

1.発表者:

  • 下山 勲  (東京大学大学院情報理工学系研究科 教授)
  • 五神 真  (東京大学大学院理学系研究科 教授(現総長))
  • 菅 哲朗  (東京大学大学院情報理工学系研究科 助教(現特任講師))
  • 小西 邦昭 (東京大学大学院理学系研究科 助教)

2.発表のポイント:

  • これまで難しかった、テラヘルツ光の偏光状態を右円偏光と左円偏光に切り替えられる動的な円偏光スイッチング素子を作製しました。
  • 本素子の開発には、空気圧による機械的な刺激の有無で変形するマイクロサイズのらせん構造を用いたメタマテリアルの実現が鍵となりました。 今回開発した円偏光スイッチング素子は、たんぱく質の特徴的な構造や、鏡像異性体などをセンシングするための円偏光フィルタに応用できます。

3.発表概要:

 東京大学大学院情報理工学系研究科の下山勲教授、東京大学大学院理学系研究科の五神真教授(現総長)、および同情報理工学系研究科の菅哲朗助教(現特任講師)、同理学系研究科の小西邦昭助教らの研究グループは、波長の長いテラヘルツ光(数百ミクロン)の偏光状態を右円偏光と左円偏光に切り替えられる円偏光スイッチング素子を作製することに成功しました。本素子は、たんぱく質の特徴的な構造や、左巻きの分子か右巻きの分子かという鏡像異性体を識別するための円偏光フィルタに応用可能であるため、薬学・医療などのバイオ分野への応用が期待されます。

 光を物質に照射して物質の性質や構造を調べる際に、光の電場の振動方向がそろった偏光を活用すれば、物質の情報を従来よりも詳細に得られます。たとえば、物質に円偏光(注1)を照射して、光の透過にかかる時間や強度の変化を観測することによって、分子の立体的配置の差異であるキラリティ(注2)の情報が得られます。これにより、鏡像異性体である左手系分子・右手系分子の混合比率を知ることができます。特に、波長の長いテラヘルツ光(波長は数百ミクロン)を使うと、スケールの大きい構造の立体配置の違いを反映したスペクトルから、たんぱく質の折り畳みなどの情報をリアルタイムに得られる可能性があり、バイオ分野への応用が期待されます。さらに、半導体にテラヘルツ光の円偏光を照射すると物質中の電気の流れやすさを非接触で計測できるので、エレクトロニクス分野への応用も有望です。また、偏光状態をある状態から別の状態に動的に切り替えられれば、測定精度が向上し、さらに細かな分子の情報も得られると期待されています。しかしながら、これまではテラヘルツ光の偏光状態を切り替えられる簡便なデバイスが存在しておらず、それがテラヘルツ光の偏光を活用した技術の開発を妨げていました。

 そこで本研究グループは、直径150ミクロンの変形可能な金属の渦巻き構造を縦横に多数配列したメタマテリアルと呼ばれる人工材料(図1)を作り、この人工材料を用いてテラヘルツ光の偏光状態を動的に切り替えられる光学デバイスを実現しました。渦巻き構造は薄膜で構成されているため、渦巻きの垂直方向に力をかけると、渦巻き構造を立体化して、らせん構造をつくることができます。このとき、力を下からかけると、らせんは左巻きに、力を上からかけると、らせんは右巻きになるため、らせんの巻き方向を、力をかける方向によって切り替えられました(図2)。強い偏光変調機能を得るためには、らせん構造を立体的に作ることが必要であることは知られていましたが、微小な立体らせん構造に変形機能を与えることは難しく、これまで実現されていませんでした。本成果では、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems 微小電気機械システム 注3)と呼ばれる技術を用いることで、この構造を実現することができました。 物質の円偏光に対するスペクトルには分子の立体構造を知る手がかりが含まれますので、本切り替え素子は、たとえば、X線回折像の解析からは得ることが難しい大きな物質の構造の情報を、簡便に取得する技術に応用されることが期待できます。将来的には、危険薬物などの分析を現場で実行できる、コンパクトな分析機器の実現につながる可能性を持っています。

 本成果は2015年10月1日の英国論文誌Nature Communications(電子版)に掲載される予定です。

4.研究内容:

 今回研究グループが開発したデバイスは、以下の着想に基づくものです。自然界に存在する鏡像異性体と呼ばれる分子は、同じ原子によって構成されているものの、その立体的な配置が鏡に映した関係にある、右手系と左手系の二種類の分子構造を持ちます。これらの鏡像異性体は、右円偏光と左円偏光(電場ベクトルが光の進行方向に対して右回りもしくは左回りに回転する偏光状態)に対して異なる透過特性を示すという特徴があります。たとえば、一方の鏡像異性体が右円偏光のみを透過する場合には、それと鏡像の関係にあるもう一方の鏡像異性体は左円偏光のみを透過するというように、反転した透過特性を示すという特徴です。したがって、左手系と右手系の鏡像異性体構造を動的に切り替える(スイッチング)ことができれば、透過する光の偏光を、右円偏光、左円偏光に切り替えられる偏光フィルタ素子が実現できます。

 このような着想に基づいて研究グループは、マイクロメートルサイズの変形可能な金属渦巻き構造をアレイ化したメタマテリアルと呼ばれる人工材料をつくりました。メタマテリアルとは、光の波長以下の大きさの構造体を多数配列したもので、構造体の形状を適切に設計することによって、さまざまな光学応答が実現可能となります。つまり、メタマテリアルは、その大きさよりも長い波長の光に対して、あたかも人工的な分子のようにふるまいます。そのため、研究グループが製作した渦巻き構造の左巻き、右巻きを切り替えることができれば、鏡像異性体分子の左手系・右手系の切り替えに相当する円偏光の制御が人工材料で可能となります。

 らせん構造の変形方向を切り替える方法を(図2)に示します。外力が作用していない状態では平面上の渦巻き構造ですが、上向きの力を受けると左巻きの立体らせん構造となり、下向きの力を受けると右巻きのらせん構造になります。このように、作用する力の方向を切り替えることによって、鏡像異性体の関係にある右巻き・左巻きのらせん構造の切り替えが可能となります。今回、研究グループが実際に製作したらせん構造の電子線顕微鏡画像を(図1)に示します。MEMS技術により、シリコン基板をエッチング加工することで、直径150 ミクロンの渦巻き構造を、170 ミクロン間隔で縦横に配置しています。この大きさのらせん構造は、波長が数百ミクロンに相当する、テラヘルツ光に対するメタマテリアルとして機能します。研究グループは、このらせん構造を変形させる外力として、空気圧を利用しました。渦巻き構造の下側に圧力をかけた場合は上側方向に変形し、上側に圧力をかけた場合は下側の方向に変形します。

 この人工的に作ったらせん構造にテラヘルツ光を照射して透過光の偏光状態を計測したところ、この構造の変形方向が上方向か下方向かに応じて、透過したテラヘルツ波は右円偏光もしくは左円偏光となっていることがわかりました(図3)。また、この構造を透過したテラヘルツ波の強度はこの構造の変形方向を変えてもほぼ一定であり、偏光だけが変わることが分かりました。このような対称性のよい円偏光制御をテラヘルツ光で実現したデバイスはこれまでになく、本研究グループが初めて達成しました。また、今回得られた偏光変化の大きさは、分光に適用可能な、十分な大きさのものです(楕円率角で最大28度)。

 この研究成果は、テラヘルツの光の偏光状態を動的に制御できる円偏光スイッチング素子の実用化に向けて大きな一歩となります。このような円偏光スイッチング素子を用いることによって、テラヘルツ周波数領域において、円偏光選択性のある分光イメージングが簡便に行えるようになると期待されます。たとえば、物質の特性を決定するために重要な情報である、鏡像異性体の分子が右手系・左手系のどちらであるかなど、分子の立体構造情報を調べられる新たなテラヘルツ分光技術の開発に寄与するものです。

 本研究は、日本学術振興会の科学研究費補助金若手研究(A)、文部科学省の最先端の光の創成を目指したネットワーク拠点プログラム、科学技術振興調整費先端融合領域イノベーション創出拠点プログラム、革新的イノベーション創出プログラムの支援を受けて行われました。

5.発表雑誌:

研究論文名:Enantiomeric Switching of Chiral Metamaterial for Terahertz Polarization Modulation Employing Vertically Deformable MEMS Spirals
著者:菅哲朗(東京大学情報理工学系研究科)、磯崎瑛宏(東京大学IRT研究機構(当時))、神田夏輝(理研)、根本夏紀(東京大学理学系研究科)、小西邦昭(東京大学理学系研究科)、高橋英俊(東京大学情報理工学系研究科)、五神真(東京大学理学系研究科)、松本潔(東京大学IRT研究機構)、下山勲(東京大学情報理工学系研究科)
公表雑誌:Nature Communications
DOI: 10.1038/ncomms9422
公表日:2015年10月1日(オンラインジャーナル)

6.用語解説:

注1 円偏光:進行方向に対して電場ベクトルが時間的に回転する状態の光のことを指す。光が向かってくる方向から見て電場が右回りであるものを右回り円偏光、左回りであるものを左回り円偏光と呼ぶ。

注2 キラリティ:3次元の構造が、鏡に映した形がもとの形と重ならない性質のことをキラリティと呼び、そのような性質をもった分子はキラル分子と呼ぶ。鏡映対称の関係にあるそれぞれの構造は鏡像異性体の関係にあり、右手系分子、左手系分子と呼ばれて区別される。

注3 MEMS:Micro Electro Mechanical Systems微小電気機械システムの略称。半導体加工技術を使い、シリコン基板上に微小な機械構造や電気回路を集積したシステムのこと。これを利用することで、マイクロメートルサイズの変形可能な機械構造を一括形成できる。

7.添付資料:

図1 円偏光スイッチング素子の電子線顕微鏡像


図2 らせん構造の変形方向を切り替えると、同時に右手系・左手系の切り替えが伴う様子を模式的に表したもの


図3 らせん構造が変形することによって、そこを透過する光の円偏光状態が切り替わる様子を模式的に表したもの